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安珍清姫の伝説の鐘~妙満寺


伝説のお寺のヒラトツツジ




京都市内のお寺では今、白やピンク、赤色とりどりのツツジの花が見頃を迎えています。

京都市左京区岩倉の妙満寺では、およそ3000株のヒラドツツジが境内を鮮やかに彩っていました。
妙満寺のツツジは、50年ほど前、お寺が現在の場所に移る際、
境内に華やぎを与えたいとお寺の僧侶や檀家が植えたそうです。


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ことしは暖かい日が続いた影響か、例年より2週間ほど早く10日程前に開花したそうで、
前日の雨で花びらをぬらしたツツジは時折日ざしを受けて輝いていました。
妙満寺のツツジは、GW過ぎまで楽しめるでしょう。


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超開放的な境内・・・ほとんど観光客は居ません(^^ゞ


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安珍・清姫の伝説の鐘の供養案内が出ていました( ̄。 ̄;)

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安珍・清姫の伝説(妙満寺のHPより)

「鐘に恨みは数々ござる」で知られる紀州道成寺の霊話は長唄、歌舞伎等の芸能に取り入れられています。
その物語に縁あるこの鐘は数奇な運命で当山に伝わりました。

 正平14年(1359)3月31日、道成寺では安珍・清姫の伝説以来、
永く失われていた鐘を再鋳し鐘供養を盛大に営みました。
すると、その席に一人の白拍子が現われ、舞い終わると鐘は落下し、
白拍子は蛇身に変わり日高川へと姿を消してしまいます。

その後、近隣に災厄が続いたため、清姫のたたりと恐れられた鐘は山林に捨て去られました。

 それから200年あまり経った天正年間、その話を聞いた「秀吉根来攻め(1585)」の
大将・仙石権兵衛が鐘を掘り起こし京都に持ち帰りました。
そして、時の妙満寺貫首日殷大僧正の法華経による供養で怨念を解かれ、
鳴音美しい霊鐘となったと伝えられます。
(由来詳細はこちら)

 当山では、例年の春に鐘供養を営み安珍・清姫の霊を慰めており、
道成寺を演じる芸能人はこの鐘に芸道精進を祈ります。



by otti468 | 2018-04-30 21:17 | 歴史秘話 | Comments(10)